星空でも眺めようと思ったのに空は分厚い雲に覆われていた。こんな夜に自分の心と空模様が同じだなんて、嬉しくもなんともない。
しゃがみこんでひたすら地面にのの字を書いてる私の横で夜間警備をしている金狼は絵に描いたような堅物クソ真面目っぷりである。
「ねーねー金狼、聞かなくて良いから喋ってもいい?」
「断ってもどうせ勝手に話すのだろう貴様は」
「そうだね」
相づちを打って慰めてもらうだとか、金狼にそういう役割を求めてるわけじゃないけれど。誰かに横にいてもらえるのは今の私にとっては有り難かった。
「その、今日、大きな声を出してしまいまして」
日中、遊んでいた村の子どもの一人が危険な場所に入ろうとしていたところを咄嗟に大声で呼び止めてしまった。
幸い事故にはならずに済んだ。でも振り向いてしゃがみこんでしまったその子にとっては、私の方がよほど怖かったかもしれない。
「もっと方法があったかもとか、危険な場所に入っちゃダメってことより誰かに怒られたことの方が記憶に残っちゃったんじゃないかなとか、色々考えちゃって」
何かが起きる前に止められて良かった。頭では分かってるのに自分の中でどうしても整理がつかない。
もしかしたらその子には「自分を叱った人」として覚えられているのでは?
あまりにも自分勝手な考えがどうしても浮かんできて、その度に己の未熟さを思い知らされるようだった。
「……何を言うかと思えば。命を危険に晒す行為を注意するのは当たり前だ」
聞かなくても良いって前置きしたのに、金狼は全部しっかり聞いてるし真剣に返事までしてくれた。しかも、これは慰めてくれている……と捉えても良いのかな。
「なんかごめん。気を遣わせて」
「気を遣った覚えはない。第一、その件なら俺も知っている。他の子ども達に得意気に教えていたぞ?あっちは危険だから入るな、とな」
「……そうなの?」
予期せず教えられた顛末に、土を弄っていた手も思わず止まりその場に尻餅をついてしまった。
その子の手を引いて安全な場所に移動させてからは他の人に任せてしまっていたのである。これも完全なる逃避で、金狼には恥ずかしくてとても言えない。
「意外と見られているものだ。そこまで心配しなくても貴様の意図はそれなりに伝わっている」
金狼、眼鏡を上げる仕草がどんどん様になっていくな。ぼんやりと彼の横顔を眺めていると、少し居心地悪そうにされてしまった。
「そっか……そっか〜、へへ」
「そ、そんなになるほど悩んでいたのか?」
「怖いって思われたら、流石にねぇ」
そんな引かなくても。そもそも慣れてないのだから仕方ない。叱る側も日々勉強だ。
「怖がられるのなら俺の方がまだ可能性があるな」
「……あ!金狼は銀狼の面倒見てたから慣れてんだ」
金狼は、隙あらばサボって楽しようとする弟に手を焼かされている。でも基本的に二人とも兄弟思いだ。そうやって二人で育ってきたんだろう。
「でも怖いっていうのとはちょっと違うかな」
金狼はよく難しい顔をしてるけど、不思議と恐れを抱いたことはない。
「ほら、金狼はそういうキャラというか。そんな金狼だからこそ皆に愛されてるっていうか」
「あ、愛……!?貴様いきなり何を……!」
「めっちゃ照れるね〜そこ」
そうそう、こういうところだ。銀狼もきっと、自分の兄のこの性格をよく知っているに違いない。
「それだけ元気ならさっさと戻って寝ろ」
「分かったよぅ兄ちゃん」
「…………もう何も言わんぞ」
あんまりからかうと機嫌を損ねてしまう。それに私は金狼の言葉に元気をもらったのだから、ちゃんとお礼を言わないといけない。これが私のルールだ。
「ありがとう金狼、元気出た。おやすみなさい」
仕事中なのに随分とお喋りに付き合わせてしまった。私の相手をしながらも周囲の警戒を怠らないあたり流石というかなんというか。
「名前」
素直に眠ろうと思ったのに、引き止めたのは私に寝ろと言った張本人の声だった。
「その、さっきの皆というのは、その中には……」
「ん?」
「な、なんでもない!はやく行け」
呼び止められたのに、次の瞬間には理不尽に追い払われてしまった。それでも足取りが軽いのは決して邪険にされたわけじゃないと分かってるから。
これで最後と思いながら、少し離れた所に佇む金狼の背中を目に焼き付ける。
さっきは皆って言ったけど、もちろんそれも正しいけど。真面目で頑固で、だけど誰かを放っておけない君のことを、私だって――。
2021.3.4
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